多分家族以外で、一番密接に触れた大人の男性がその人だったせいか
学生の時から大人=煙草の方程式がどこか頭の中にずっとあった。
自分が吸える年齢になってもそれは変わらず。
ただ、不思議と試したことはなかった。
おれにとって「煙草」は、あの人を表すキーアイテムのようなものだったせいかもしれない
(あ、また吸ってる)
放課後の音楽準備室。
音楽室の鍵を返しにきた際見かけたのは、いつも通りに窓辺で煙草を吸う金澤先生の姿。
周りから禁煙を勧められているせいか、以前より吸う本数は減っているが、生憎禁煙には至っていない。
人差し指と中指に挟んだ赤い火の灯る煙草を、流れるような仕草で口元へと運んでいく。
ゆっくりと息を吸う瞬間、一瞬灯りが強く輝き出す。
それから煙草を離し、唇から紫煙を空気中へ吐き出した。
その煙は一瞬辺りにもやをかけて、やがて消えていく。
そしてまた、煙草へ唇を近づける。
本当は身体に悪いものだから、止めなくてはいけないと思うのに。
吉羅さんにも強くそう言われているのはずなのに。
彼のその仕草を見る度に、どうしようもなく瞳を奪われてしまう自分がいる。
煙草を挟む長い指先、それを咥える唇、そっと吸い込む瞬間に僅かに伏せられる瞳。
そのあまりにも自然に行われる仕草が、まるでひとつの完成された所作のように見えてしまって。
どこか憂いを含む表情も相まって、見る度にどうしようもなく心を揺さぶられた。
おかげさまで、制止することも忘れてしまう日々が続いている。
(どうしよう…)
彼にとっては、なんてことのない日常のヒトコマにすぎないことなのに。
そんな仕草にさえ、どうしようもなく胸がトキメいてしまう自分が少し恨めしい。
(吉羅さんになんて言い訳しよう…)
本当は今すぐにでも止めなくてはいけないというのに…
その仕草を見つめることがどうしようもなく好きな自分は、今も声をかけられず見つめることしかできないでいる
(大人って、ずるいな…)
部屋を満たす甘いタバコの香りに酔いながら、不甲斐ない自分にため息をついた。
実はタバコの中毒性よりも、そんな彼に惚れてしまっている己が一番タチが悪いのかもしれない。
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煙草を吸う姿に見蕩れてしまう王崎のお話。
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