その優しさに、その温もりに包まれているとき
言い知れぬ不安が、喉元に絡みついて息ができなくなる
「律、なんで泣いているの?」
ふわりと触れる大地の手が、頬を濡らす雫に拭っていく。
その手が暖かくて、とても安心するのに、胸が苦しくなる
「わからない」
どうして、こんなにも苦しいんだろう
大地とともにいることは、とても幸福なはずなのに
胸の奥からこみ上げる不安が、涙となって瞳から溢れていく
いつか、この手は自分ではない誰かに伸ばされるときがきたら・・・
そのとき、俺はどうなってしまうのだろうか
笑って手を離してやれるのだろうか・・・
この手を愛しいと思うと同時に、消えてしまう日が来ることが今はとても怖い
「泣かないで、律」
涙に触れる大地の表情が、苦しげに歪む。
大地の心を悲しませていることは、苦しい。けれど涙が止まらない。
そっと腕の中へ抱き寄せられ、大地の手が優しく髪を撫でていく
「おまえに泣かれると、どうしていいのかわからなくなるんだ」
苦悩を滲ませた声が、胸に突き刺さる。
こんな表情をさせたいわけじゃないのに。どうして、こんなにも怖いのだろう
「傍にいるのに泣かれたら、俺はどうすればいいんだ」
違う。大地は悪くない。悪いのは、自分。
この温もりを、優しさをなによりも愛しいと思うのに
気持ちが募れば募るほどに、失うことが怖くてたまらない。
大地がいなくなる日を思うだけで、足が竦んで動けなくなる。
すべては、自分が弱いせいなのだから
「ねぇ、律。俺は、おまえを安心させてもやれないのか?」
「違う。大地が・・・大地でなければ、いやだ」
大地でなければ、こんな風に心を不安に揺らされることもない
ただ音楽で満たされた世界から連れ出してくれた、この手が傍にあって
同時になくなってしまうことを思うと、怖くてまた涙が零れていく
「頼むから、もう少しだけ・・・こうしていてくれないか」
「律・・・?」
もう少し、もう少しだけ、この温もりに甘えることを許して欲しかった。
涙をすべて枯れさせて、弱さを押し殺して、
笑ってこの手を離せるようになるから。
今だけは、叫べぬ声の代わりに涙を流すことを、許して・・・
* * *
「律・・・」
涙の枯れた頬に触れながら、閉じた瞳に唇で触れる
弱々しく握られた手をそっと握り返せば、一瞬手がビクつき、少しだけ力が強まった
「俺は、いなくなったりしないよ」
怯えながらも握り返す手が切なくて、胸が締め付けられる
この手は何を怯えているのか。”それ”がなにかはわかっているけれど
どうしてやることが律の救いになるのか、踏み込みかねている。
「俺はどこにいかない。だって、おまえが好きだから」
誰よりも愛しいのに、どうしたらその心を満たしてやれるのだろうか
笑って欲しいと願うのに、傍にいることでその心を苦しめているのか
優しく触れて、温もりで包んでやりたいのに、その涙が手を迷わせる
「お願いだから、俺を信じて・・・」
その心が抱える不安ごと、すべてを受け止めてみせるから
無理に笑ったり、堪える必要のないくらいに、強くなってみせるから
「好きだよ・・・」
この手が愛しくて、切なくて、苦しくて
募る想いが繋がりあえない寂しさに、淡く視界が歪ませていく・・・
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好きだけど苦しくて、愛しくて切なくて、誰よりも好きなきみのこと
[1回]
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