【大団円後なんやかんやで現代にいるふたり】
※一応ふたりで暮らしてる
※家事は分担。でも在宅ワークの桜智がほとんどこなしてる。(職業:文筆家)
※小松もやるときはやる。やらないときはなにもしない。
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「なにこれ?」
夕餉の買い物に出ていた桜智が家に戻り、一緒に荷物を覗き込んでいると不意に赤い箱を出し手渡された。
”ポッキー”という名のその菓子はこちらの世界では有名なものらしい。
「菓子だよ。今日は何かの記念日だとかで、配っていたんだ」
「ふーん…」
初めて見るその物体に興味が湧いて、「あけ口」と丁寧に書いた場所からおもむろに開封する。
中には長細い袋が二つ。そのひとつを取り出し、封を切った。
途端、袋の中から甘い匂いが漂ってくる。
「随分と甘そうな匂いだね」
甘いものはあまり得意ではないから、その匂いは少しも嬉しくない。
中から一本取り出し、その構造をマジマジと見つめる。
「見た目は質素だね。この黒い部分から甘い匂いがするけど」
「チョコレートだね」
「それは甘いの?」
「原料は甘くないけど、菓子に用いる際に甘くしている事のほうが多いかな」
京でも、異世界でも、こういうときは知識が豊富な桜智はとても助けられている。
しかし、甘いと分かれば食べたいとは思わない。手にしたポッキーを桜智へ向ける。
「食べないのかい?」
「私が甘いものが苦手なの、知っているでしょう。」
初めて見たものだから興味があっただけで、食べてみたかったわけではない。
その答えに少し残念そうにしながら、桜智が手にしたポッキーを口に咥えた。
一口齧るとポキッと軽快な音がなる。なるほど、だからポッキーなのか。
「おいしい?」
「甘いね」
「菓子だからね。これがせめて甘くなければ、食べてみたかったのだけど」
それを”おいしい”と感じられないのは、自分の体質みたいなものだから仕方がない。
不便だとは思わないから、気にしていないのだけれど。
「…では、あれもできないね」
「あれって?」
言いにくそうに言葉を濁す桜智に、食べかけのポッキーを持ったまま首を傾げる。
「実は買い物へ出た先で聞いたのだけど…」
「なに?」
「…その菓子を使う遊び、のようなものを」
「遊び?」
「うん…ポッキーゲームというのだけど」
菓子とは言え、食べ物を遊びに使うというのは如何なものだろうと少し考える。
この世界は不思議な食べ物に溢れていて、玩具と菓子が一体になっているものを先日見かけたことを思い出す。
子供に与えるには効率的ではあるけど、少し疑問を感じる。今、桜智が言ったゲームとやらも同じ感覚だ。
「菓子を遊びに使うのはあまり良いことではないと思うのだけど」
「使って遊ぶというわけじゃなくて…食べ方が違うというのか」
「食べ方?」
遊びなのに遊びではないような、そんな口ぶりな桜智にまた疑問符が浮かぶ。
記念の日だとか言っていたから、なにか変わった嗜好を凝らすということなのか。
「よくわからないけど、それを君は私としたいわけなの?」
「…そうなる、かな」
「なら、はっきり教えてくれない?」
するかどうかは別にして、どういうものかはっきりと分からなければこちらも困る。
この甘いものを食べるということがわかっている時点で、私が頷かないと思っているのか、桜智は悩んだままなかなか口を開かない。
唇を弄り、少し間があって、ようやく桜智が迷いながら話始めた。
「その菓子の端と端を、ふたりで同時に食べ合うことを”ポッキーゲーム”というんだ」
「端と端…?」
一方が欠けたポッキーを手前に持ってきて、端と端を指で摘む。
これを同時にふたりで食べ進めていく…それはつまり。
「あぁ…そういうこと」
手のひら程の長さの菓子を、片方ずつ咥え合ってふたりで食べていく。
自然と真ん中にある菓子は縮まり、やがてふたりの距離は縮まり…。
「食べ終えた最後にはふたりの唇が重なり合う…なるほど、面白い遊びだね」
大方、恋人同士がじゃれあっているときにでも思い浮かんだのだろう。
もしくは、意中の相手と遊びと称して触れ合う為の口実としてなのか。
ただ菓子を食べるだけはなく、そんなことまで思いつく人間がいることに感心してしまう。
「で、君はそれが私としたいの?」
「…嫌だよね?」
「嫌だよ。なんで、わざわざそんなことの為に甘いもの食べなきゃならないの」
そもそも、唇を重ねるにわざわざ菓子を食べなきゃいけない意味もわからない。
そんな口実を作らずとも、触れ合いたいならそう言えばいい。この世界の住人は奥ゆかしいのか、根性がないのか口実がないと動けないようだ。
「それにきみがしたいなら、こんな菓子なんて必要ないでしょ」
私は言われて拒んだことは一度もないし、そうしていいと彼には伝えている。わざわざ菓子を通してすることでもない。
しかしこちらの言葉に、「そうだよね…」と声を小さなに桜智が落ち込んでいる。その姿に、思わずため息を零す。
「こんな戯れあいみたいなことを、君がしたいなんてね」
ならもっと普段から素直にそう言ってくれればいいものを。
中々遠慮が抜けない桜智と、手にした菓子を交互に見やる。
「はぁ…今回だけだからね」
別に私が甘いものが苦手なことと、桜智が遊んでみたいと思ったこと気持ちとは関係ない。色々不一致なことが重なってはいるけれど、私も全てが嫌なわけではない。
買い物へ出てくれたわけだし、彼を落ち込ませるのも不本意でもある。
少しくらい、遊戯に付き合ってあげるとしますか。
「え…いいの?」
「言っとくけど、私は一切食べないからね。全部君が食べてよ」
どうしてもやりたいというなら仕方がない、と諦めの溜め息をひとつ。
手で持っていた、唯一チョコがかかっていない部分を歯先で咥えた。
チョコがない分幾分かマシだが、甘い香りだけはどうしても伝わってくる。
あまり長く留めておきたいものではない。
「…んっ」
チョコレートの部分を桜智へ向けて、早く食べてと促した。
長くこのままでいると、唾液に触れた焼き菓子の部分が溶けてしまう。
「あ、あぁ…じゃあ、頂くね」
そっと肩に手を添えられ、ほんのりと頬を赤らめて、戸惑いがちに咥えているポッキーの反対側を、桜智が口に含んだ。
ポキッ、ポキッと小さく音を立てながら、徐々にこちらへと食べ進めていく。
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もう少し続く予定。終わるのいつかな\(^ω^)/
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