「律、知ってる?今日はキスの日なんだよ」
突然、大地がそんなことを言いだした。
「…キスの日?」
「そう。今日は日本で初めてキスシーンのある映画が放映された日だから、”キスの日”なんだって」
「よく知ってるな」
「まぁね」
どこか嬉しそうに微笑みながら、隣に座っていた大地がぐっとこちらへと近づいてくる。
近づいた大地の頬笑みが、夕焼けに染まってより柔らかな印象を受けた。
放課後の部室には、他には誰もいない。
「だから…」
「だから?」
大地の唇に、意地悪げな微笑んでいる。
この笑みは、良く知っている。何かを企んでいるときの見せるものだ。
笑みに視線を奪われている間に、大地の指がこちらの唇へと伸ばされる。
「キスしよう、律」
言葉と同時に長い指が唇に触れ、つぅ…と誘うように撫でていく。
一瞬、感触と言葉の意味がすぐ飲み込めず、思わず茫然としてしまう。
だがそれもすぐに飲み込め、代わりに呆れのため息で答えた。
「前置きが長い」
「そう?でも嘘はいってないよ。それに不意にすると、律は怒るじゃないか」
「不意にされるのは心臓に悪いと言っただけだ」
「だから、こうやって許可取ってるんだけど?」
「聞けばよいというものでもないだろう。それに大地、ここは部室だ」
「でも、誰もいないよ。今は律とふたりっきり。何か問題はあるかい?」
「しかし…」
「俺は律とキスがしたい。今したいんだ」
いつの間にか、唇に触れていた手が肩を掴まれていて逃げられなくなっている。
更に大地がこちらへ身体を寄せて、吐息が感じられる距離に顔を近づけた。
真っ直ぐにこちらを見つめる碧の瞳に、思わず一瞬息が止まる。
「キスしよう、律」
「大地っ…」
「目、閉じて?」
口元は笑っているのに、その眼差しには決して逃げることはできない。
大地に触れられている部分が酷く熱い。鼓動が高まっていくのが止められない。
さらに近づいてくる体温と眼差しに耐えきれず、言われるまま目を閉じた。
ふぅ…と吐息が唇にかかって、僅かに身体が震えた。
「…律、可愛い」
その反応に大地が笑ったような気がして、何か言いかえそうかとした。
しかし言葉より先に大地の唇が重ねられて、それも叶わなかった。
最初はそっと触れ合わせるだけのキス。一度僅かに離し、角度を変えてもう一度キス。
時間にしては僅かの間だったのかもしれないが、そのときはとても長く感じられた。
唇から伝わる体温が心地よくて、もう少し触れていたいと思っていたからそう感じたのかもしれない。
キスを終えて開けた視線の先には、大地が完全に頬を緩ませて満面の笑みを浮かべていた。
本当は少し文句を言いたい気持ちもあったのだが、そんな笑みを見えては言えるはずもなく。仕方がない、と微笑んで返すしかなかった。
偶にはこんな日があっても、悪くないのかもしれない。
[3回]
PR