「ねぇ、桜智」
薩摩藩邸の一角に設けられた、家老である帯刀のためだけの一室がある。
その先に広がる小さな庭に設けられた縁側に桜智とふたりで座し、静かに時を過ごしている。
決して他人に知られることのない、二人きりの逢瀬。
夜空に凛と輝く月を眺め、時折言葉を交わして、傍にある対の存在につかの間の安堵を得ていた。
名を呼ばれたことに桜智の視線が不思議そうにこちらを見る。
「もし、明日この世界が消えてしまうとしたら、君はどう思う?」
唇に穏やかな笑みを浮かべながら、少し意地悪げな質問を投げた。
帯刀の言葉の真意がイマイチ汲み取れず、桜智の視線が戸惑いはじめる。
「それは…どういう意味だい?」
「言葉の通りだよ」
「でも…どうして?」
「なんとなく、だよ。それよりどうなの?」
難解な問いかけに、「…意地悪だよ…」と微かに零しながら、癖ともなっている自身の唇を触れながら、桜智がゆるりと思考を巡らし始めた。
その様子を帯刀が傍らで、どこか楽しそうに見つめている。
「…世界のことには…大して興味はないけれど…」
もとより、世界のことには大した興味は抱いていない。
桜智にとって世界はただそこにあるだけのもの、自分とは関わりのないものだ。
「もし…そのせいで…小松さんまで消えてしまうのだとしたら…私は…」
唇に触れていた指を離し、その手をそのままゆっくり帯刀へと伸ばす。
その恐る恐る伸ばされた桜智の指が、そっと帯刀の頬に触れる。
「…あなたに触れられなくなるのは…嫌だよ…」
触れた頬から伝わる体温に安心するのと同時に、無くなってしまうと想像するだけで胸が苦しくなる。
その苦しさが桜智の言葉を微かに揺らし、触れる指先が震えた。
その怯えに気づいて、大丈夫と伝えるように、そっと帯刀の手が重なる。
「少し、意地悪がすぎたみたいだね」
怯える桜智の手を優しく撫でて、その手をそっと掴んで一度離させる。
その手を握ったままゆっくりと引き寄せ、桜智に腕の中へ来るようにと促した。
帯刀の導きに誘われるように身体を倒し、その胸に顔を埋める。
腕の中へ落ちてきた桜智を優しく受け止め、空いている手であやすように優しく髪を撫でていく。
「すまないね、桜智」
「例え嘘でも…いなくなってしまうなんて…嫌だよ」
「そうだね。私が悪かったよ」
体躯の大きさに似合わず、心根の優しく臆病な対を安心させるように髪から身体にと優しく触れていく。
掴んでいた手が不意に離れ、代わりに背中へ腕が回される。
「小松さん…ひとりに…しないで…」
「大丈夫だよ、桜智。私はどこにも行かないから」
「…本当に…?」
「私の言葉が信じられないの?」
「違う…でも…」
言葉とは裏腹に、抱きしめる腕の力がいっそ強さを増す。
離したくない、とでも言うようなその力に、不謹慎ながら思わず笑みが浮かんでしまう。
「あなたが…不安になるようなことを…言うから…」
「それで、怖くなった…そういうこと?」
「…うん…」
「そうだね。この世界じゃ、君も私も、いつ命を散らせてもおかしくはないもの」
毎日どこかで、花が散るように人の命が消えていく世界。
そんな世界に、桜智も帯刀も身を置いている。
「でも、これだけは信じていいよ」
胸に埋められた桜智の頬を両の手で包み込んで、こちらへ向けさせる。
怯えに染まる蒼い瞳に、柔らかな微笑みを浮かべて安心させる。
「君をひとり置きざるようなことはしないから、安心なさい」
こんなに臆病で優しい、そして暖かな対をひとり世界に置き去りにすることは到底できそうにない。もしも世界が消えてしまったとしても、この温もりだけは消えないで欲しいと心から思える存在。
こんな風に深く思いを寄せられているのなら、簡単に命を散らすわけにはいかない。
「どんなに傷ついたとしても、必ず君のもとへ戻ってくるから」
「…そんなこと…あなたが傷つくことなんてことは…私がさせないよ」
「じゃあ、君が私を守って?そうしたら、ずっとそばにいられるでしょう?」
例え命を散らすことになっても、それは世界のためで、誰かの為でもなくて。
たったひとりのかけがえのない対のために、今は一刻でも長く生きていたいと願う。
「君のことは…私が守ってあげるから」
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陶酔的な愛し方をする桜智と、その全てを受け止めている帯刀さんというか・・・
傍にいると安心するけど、離れたときの寂しさに怯えてつい依存がちになる桜智というか?
桜智のイメージが雛鳥なのでね・・・なんかそういう妄想がぐうーんと。
うーんうまく表現できぬー。かっけねー!!
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