見たもの、聞いたもの、触れたもの。
そのすべてから受けた思いを、心へ解かして言葉へ変化させる。
それだけのことが、俺は酷く不得手だった。
触れたものをまず理解して、それから感情が動き、言葉を考えて、そして紡ぐ。
ひとつの言葉を探すにも思考を巡らせる余り、会話がずれてしまうことも多い。
のんびりとしていることは悪くないと、両親は慰めてくれていた。
けれど、綺麗なものを綺麗と、美味しいものを美味しいと
そう素直に口に出来る弟が、時折羨ましかった。
「響也はニコニコ笑って素直なのに、お兄さんは愛想がないのね」
子供のころから、愛想のない子供だとよく言われてきた。
気にしなかった…と言われれば嘘になる。幼な心ながら、傷ついたことを今でも覚えている。
そう言われたからと言って、すぐに性格を直せるほど器用さは生憎持っておらず。
それでも血の繋がった弟や、長く一緒にいると幼馴染はそれでもこちらの心を気付いてもらていたから。
その心地よさに、このままでも良いのだろうと…どこかで甘えるようになっていた。
けれど、より深い音色を奏でる為には多くの音色を、多くの感情に出会うことが必要で。
甘えたままではいけないと、故郷を離される決意をした。
出来るだけふたりの顔を見ないように、この意思が弱まってしまう前に。
あの暖かな場所から出る必要があった。
それは結果として、新しい世界を知るきっかけを与えてくれたわけだが…。
最初から、すべてうまくいく自信などどこにもなく、不安ばかりが脳裏に浮かんでは消えていく。
どうしてそう思うのか、考えれば考える程気持ちを迷わせてしまいようで。
必死になって、考えることを止めていた。
もっと世界を、音楽を知りたい…
もっとたくさんのことを感じて、自分の物にしたい
ただ、その一心だった…
そこで、彼に初めて出会った…
「俺は榊大地。君は…?」
柔らかな笑顔と、独特の暖かな空気を纏う少年に…
大地越しに見る世界は優しい光に包まれていて、そしてたくさんの色に溢れていて。
触れる手が暖かくて、囁きかける声が優しくて、不安をそっと包み込んでくれた。
大地が笑うと嬉しくて、見えているこちらも優しい気持ちになれる。
けれど、相変わらず感情を表に出すことが不得手で…
感じていることの大半を、大地に伝えられずにいる。
それでも構わないと、大地は笑ってくれるけど。
伝えたい…この胸に溢れる思いを
大地のことをどんな風に感じて、どう思っているのか…
自分の心の声を聞いて欲しいと、強く思った。
「俺は、自分のことを話すことがうまくはない。だから、きちんと伝えられる自信もない」
それでも彼には伝わって欲しいと、思った。
「大地の隣は心地がいい。大地の隣にいると、こちらまで優しい気持ちになれるんだ」
例えるなら暖かな春風のよう。
優しく身体をそっと撫でて、優しく包み込んでくれる。
「大地の手はとても暖かいし、大地の柔らか声を聞くととても安心できる」
慣れない土地で戸惑う手を、その大きな手は優しく導いてくれた。
その声はどんなところにいてもすぐに耳に届いて、ひとりではないと教えてくれる。
「大地の笑顔を見ていると、俺もうれしくなるんだ…。大地の笑顔が、好きなんだと思う」
ひとつ、またひとつ、気持ちを言葉にしていくと見えてくる、自分のココロ。
自分の心のはずなのに、溢れる感情はすべて大地へと向かっていて。
その気持ちが嬉しくて、愛しくて…思わず笑みが零れた。
こんなに愛しい気持ちをもてるようになるなんて、思ってもみなかった。
そこにある様々な色の思いに、戸惑うこともあるけれど。
不思議と、その戸惑いさえ嬉しいと感じてしまっている。
「…ありがとう」
たくさんの感情を教えてくれて、ありがとう…
うまく言葉に出来ない気持ちを理解してくれて、ありがとう。
傍にいてくれて、ありがとう…
「…あ、あぁ…えっと…」
「…?」
素直に気持ちを言葉にしたら、珍しく大地が戸惑った表情を見せるから不安になった。
また、うまく気持ちを伝えることができなかったのだろうか。
どこかで言葉を間違ってしまったのかもしれないと、すぐにたくさんの後悔が押し寄せてきて。
その気持ちが表に出ていたのか、大地が今度は慌てた表情を見せた。
そっと手を掴まれ、引き寄せられる。
ふわりと、暖かい春風に包み込まれて、不安がる心を大きな手が優しく撫でていく。
「律の気持ち、ちゃんと伝わってるから…」
「大地…?」
「俺も…好きだよ」
ぎゅっと抱きしめられる強さと、制服越しに伝わってくる高鳴る鼓動。
気持ちが受け止めてもらえらたことが嬉しくて、悲しくないのに涙が出そうになった。
こんなにもたくさんの感情が、ちゃんと自分にもあったのだと知ることが嬉しい
そして、ちゃんと理解してくれる相手がいる。この温もりがとても愛おしい。
ありがとう…心を教えてくれて、ありがとう…
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大地←律的なものと書きたかった気がした(過去形
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